人類はかつてないほどの規模での情報爆発期へ突入しようとしています。私たちは自らが生み出すすべてのデータにどう対応していくのでしょうか?
これは取るに足りない問題とは言えません。コンピューターやスマートデバイス、テレビ、サーモスタット、ホームセキュリティシステム、PDA、装着型コンピュータ、車、ロボットその他の機器は、急激に増加する量のデータを作り出し、使用しています。
5年前の時点では、デジタル技術によってそれまでに生み出されたデータ量を合計すると4.4ゼタバイト(ZB)でした。これは、44垓バイトにも相当する非常に大量の情報です。今日、情報量はその数字をさらに上回っています。現在、私たちは約16ゼタバイトを毎年作り出しており、2025年までにはこの数字が10倍に膨れ上がることが予想されています。
私たちはそれらのデータを、主に砂に含まれるシリコンを原料としたマイクロチップを用いて収集、処理し、格納します。シリコンは、地殻のなかで2番目に豊富な元素であるものの、多くの種類のコンピューターチップ製造に必要な類の、純粋な形態のシリコン自体は希少で、総シリコン供給量における割合は、10%未満となっています。
私たちはそれを速いスピードで使い切ろうとしているのです。このデータの氾濫によって、コンピューターに用いられるシリコンは2040年までに世界の供給を枯渇させるかもしれないと、ある研究が指摘しており、新しい技術とデジタルの進歩に対する大きな課題となっています。
この惨事を回避する1つの方法は、シリコン精製プロセスの向上です。また、研究者たちはデータ処理やストレージのために酸化ガリウム、二セレン化ハフニウム、セレン化ジルコニウム、グラフェンなどの代替物質を探しています。
代替物質としてもう1つの可能性 — デオキシリボ核酸、つまりDNAが存在します。
自然のデータプロセッサー
この世に誕生するあらゆる生き物は特定の情報を備えています。私たちの髪の毛や目の色、右利きや左利き、罹患しやすい病気、そして恐らく私たちの気質さえも遺伝形質にエンコードされており、この遺伝形質は遺伝子に由来しています。遺伝子はDNAで構成されており、DNAが私たちが何者で、どんな特徴を持っているかという情報を携えています。
DNAの分子形態は二重らせん構造で、分子の2本の鎖、1本は五炭糖、そしてもう1本はリン酸および塩基からできており、ねじれ合わさっています。鎖の間には、水平棒のような形をした窒素塩基があり、それぞれ異なった化学物質により構成されています。この塩基には4つの種類があります:
- アデニン (A)
- チミン (T)
- グアニン (G)
- シトシン (C)
「人体は、最も洗練された情報の格納庫です」とマイクロン テクノロジーのシニアフェロー兼バイスプレジデントのガーテジ・サンドゥは言います。サンドゥは幅広技術分野で1,300以上の特許を保有しています。サンドゥの個人的な関心と研究分野の1つは、データストレージにDNAを使用することです。
サンドゥのひらめきは、私たちの体にあるたった1つの細胞分のDNAに蓄えられる「巨大な量の情報」に気付いたことから生まれました。
サンドゥは次のように述べています。「自然は非常に驚くべき規模で、またいまだに完全には理解されていない方法によってデータ圧縮を行っています。だから私はこう考えました。DNAを情報格納のための手段として使えないだろうかと」
DNAストレージの多くのメリット
科学者たちがDNA分子についてさらに学び、合成版を作り出す方法を発見するにつれ、多くの将来性が見えてきました。核酸メモリ(NAM)ストレージとして知られる未来のメモリは、多数のメリットをもたらしてくれる可能性があります。
密度:1人のDNAに格納されている情報量は莫大です、とサンドゥは言います。私たちの体には5TB(または5兆バイト)の情報が入っています。サンドゥによれば、DNAのデータストレージ密度は今日知られている他のどんなストレージ技術よりもずっと高いと言います。
1つのシステムのもとで、1グラムのDNAは、2億1,500万ギガバイトのデータを格納でき、1個の角砂糖よりも少ない量のDNAにこれまでに作られた映画すべてを格納できる可能性があります。乗用バン2台分の量のDNAには、世界で過去に作りだされたすべてのデータを入れることができます。
この密度の高さの理由は、DNAを構成するA、T、G、Cの4つの塩基によるもので、コンピューターが現在使用している0と1をベースとしたバイナリシステムとは相反するものだ、とサンドゥは説明します。この2倍化が、格納された情報量の「指数関数的増加」を可能にします。NAMストレージは、分子に情報をエンコードし、情報の勢いを非常に小さな包みの中に収めています。
耐久性能:DNAは非常に長い時間、永久凍土で冷凍保存されると最長で150万年程度持ちこたえます。DNAは、データストレージの手段として、何千年、あるいは何百万年も使用することが可能でしょう。対照的に、最も一般的に使用されるデータの長期保存手段である磁気テープは、10年後には交換する必要があります。
サステナビリティ:DNAは、NAMに使われるような合成タイプでも、格納や処理、読み出しにはごくわずかなエネルギーしか必要としません。理由はDNAが自己再生し、また完全に再利用が可能だからです。さらにDNAは、簡単に自己を複製し多くのコピーを作ります。
「NAMは、はるかに小さいスペースとエネルギーで、後世のために世界の情報を格納することができる」とサンドゥおよびジョージ M. チャーチ、ビクター・ジルノフ、その他仲間の研究者は、2016年のネイチャーマテリアル誌に寄せた研究結果で詳細を述べています。
技術への課題
研究者たちはまず初めに、DNAのカルテ、監視ビデオ、歴史的文書、その他の記録資料のための長期的なストレージ技術として使うことを検討しています。膨大なデータライブラリーを埋める磁気テープという古臭い方法は、より長い耐久性を持つ、比較的少ない量のNAMに取って替わられる可能性があります。NAM技術を開発して、ゆくゆくは現状主流であるコンピューター関連製品におけるシリコンの利用から取って替わること、それが研究者たちの願いです。
この目標を達成する上での主な障害はコストです。
「DNAを使って読み出し、書き込み、パッケージし、格納を行う私たちのアプリケーションに関しては、コストを大幅に下げる必要があります」、とサンドゥ は言います。あるプロジェクトでは、2MBのデータ合成費用は7,000ドル、それを読みこむ費用にはさらに2,000ドルかかっています。そしてDNAからの読み出しと書き込みは、他の種類のメモリストレージより遅い速度で行われます。
しかし、サンドゥはいずれこれらの課題は解決されるだろうと楽観的です。DNAのシーケンシングの価格は大幅に下がっています、とサンドゥは指摘します。2002年には、1塩基対当たり31,250ドル(DNA塩基対100万個)でしたが、2016年には63セントになっています。そして、NAMに関する研究も強化されつつあります。マイクロンからの資金援助によって、ハーバード大学、欧州分子生物学研究所、半導体研究コンソーシアム(あるいはSymbio)などの研究者のグループ全てがDNAを使ったデータストレージ技術を開発しています。米国ボイシ州立大学とマイクロソフトも同様にNAMプロジェクトを行っています。
明るい未来
もし今日にでもコンピューター級のシリコンの不足が起きれば、世界はストップしてしまうかもしれません。私たちのデータを生み出していくペースを考えると、世界におけるシリコン供給の枯渇がまさに懸念すべき事柄ですが、マイクロンはこの課題を解決するために立ち上っています。コンピューターのメモリテクノロジーのリーディングメーカーであるマイクロンは、より良く、より速く、よりサステナブルなデジタル メモリソリューションを目指す取り組みにおいても、市場をリードするポジションを占めています。
サンドゥは、DNAを使ったNAMがまもなくマイクロンのDRAM、NANDやその他シリコンを使ったメモリテクノロジーを強化するようになるだろうと考えています。いつか、NAMによるとメモリストレージの形式が、現状主流のシリコンベースのものから取って替わり標準となる可能性があります。
そうしているうちに、まさにNAM開発のプロセスが、その他の同じ位重要な結果を生みだす可能性もあります、とサンドゥは言います。
「100年前のメモリについて思い浮かべてみてください。その頃は磁気コアが使われていました。その後、電子メモリ、ディスクドライブ、小型の磁気メモリなどが登場しました。これらの物には、機械関係の知識が必要でした」
「DNAは10倍も複雑です。私たちは包括的なアプローチを行う必要があります。メモリ、マイクロ流体力学、化学、分子生物学が必要になります。この技術を実用化するためには、分野の異なるさまざまな人による協力や技術的、科学的な関与の度合いが非常に大きいものにならざるを得ません。実現にはあらゆるスキルセットが必要となるでしょう」
マイクロンは、メモリメーカーです。だからこそ当社は新しいメモリテクノロジーをイメージし、生み出していくことでインダストリーにおいて主導的な役目を果たします。しかし、これらの技術を世界に届けるには多様な分野の専門家が協力し合うことが必要です。
「このような例は過去には、メモリ業界でもその他の業界でも見当たりません」とサンドゥは指摘します。「協力することで素晴らしいチャンスと可能性が生まれるでしょう。そして私たちはやっと初期の研究を始めたばかりなのです」