全米精神障害者家族会連合会が発表した最新のレポートにより、毎年4,380万人のアメリカ人がメンタルヘルスの問題や疾病を経験しているという驚くべき統計が明らかになりました。これはほぼ5人に1人という多さです。さらに驚くべきことに、そのうち60%が未治療のままです。
現在、臨床コストの上昇、保険への未加入、治療の選択肢の実用性のなさや制限の存在といった要因により、従来の形式や手順を用いた精神療法やその他の治療法を利用できる人たちが減少しています。
たとえば、恐怖症や心的外傷後ストレス障害の治療に用いられる脱感作療法を例に挙げてご説明します。脱感作療法では、臨床医が患者に対して異なる間隔で繰り返し刺激を加えます。これにより、患者はトラウマになっている出来事に対する否定的な情動反応を再解釈し、再構築することができます。脱感作療法は効果のある伝統的な治療法ですが、改善の余地があると考えている研究者が多数います。
バーチャルリアリティ(VR)の活用により、患者が没入しやすく、利用しやすい、新しい治療体験を生み出せる可能性があります。VRヘッドセットを装着することで、従来の治療モデルでは不可能だった高度な視覚シミュレーションの実現が可能になります。VRを通じて、患者の不安を引き起こす刺激を鮮明に、低コストで、いつでも再現できます。臨床の場でのVR活用が普及することで、脱感作、痛みの軽減、リハビリテーションのまったく新しいやり方が生まれ、医療経済にパラダイムシフトが起こる可能性があります。そうすれば、より多くの人たちが豊富な治療を受けられるようになるかもしれません。
現在、あらゆる臨床医、医学研究者、テクノロジー企業が、医療分野におけるバーチャルリアリティのまったく新しい前例のない活用方法を探り、改善する取り組みを続けています。そのような人たちや企業が今必要としているのは、それを実現するためのテクノロジーだけです。
バーチャルリアリティの医療進出
2012年にクラウドファンディングでOculusが誕生し、2015年にFacebookによって買収されました。VRはかつてSF世界の奇妙な道具でしかなく、この出来事は当時からは想像できないことです。技術の伝導者は数十年にわたってVRの普及を予測したものの、1990年代にソニーが初の消費者向けVRヘッドセットの製造・販売を試みた当時、それを実現できる信頼性とコストパフォーマンスの高い方法が存在しませんでした。ハードウェアとソフトウェアの両方が欠けていたことから、この試みは商業的に失敗に終わり、VRの技術開発は「核の冬」の状態が続きました。
今は状況が大きく異なります。この記事をお読みの方にも、Oculus RiftやOculus Go、ソニー製の最新ヘッドセットPlayStation VRといったVRヘッドセットをお持ちの読者や、そのような友人がいるという読者もいらっしゃると思います。これらのVRヘッドセットを使用すれば、仮想空間を通じて最新のビデオゲームに没入できます。現在のVR業界はビデオゲームの圧倒的な人気の高さに支えられており、発展を続けています。2019年には、VR市場の売上が151億ドルに達すると予測されています。また、2019年までにVRゲーマーが34%増加すると予想されており、ゲーマーのバーチャルリアリティへの認知度と関心はすでに史上最高に達しています。
VRゲームを動かすテクノロジーが向上し、広大な仮想世界が鮮明にレンダリングされるようになりました。テクノロジー業界の優秀な頭脳集団は、バーチャルリアリティ業界が実現する鮮明な視覚シミュレーションを他の分野に広げられないか、その可能性を探り始めています。その答えは医療業界にあるかもしれません。メンタルヘルスなどの領域では、革新的でコストパフォーマンスに優れる治療法を求める声がこれまで以上に高まっています。
ゴールドマン・サックスは最近、VRエコシステムで2番目に収益性の高い市場として医療業界を挙げました。医療業界は革新的・画期的なテクノロジーの可能性を秘めている分野であり、医学訓練、恐怖症治療、痛みの軽減などの領域ではすでに多数のスタートアップ企業が誕生しています。
そのような医療業界における初期の変革の例を以下にご紹介します。2016年、ロンドンの病院がVRヘッドセットと360度カメラを使用して手術をライブ配信し、学生や専門家が研究目的で手術の様子を視聴できるようにしました。これはほんの始まりにすぎません。今後、VRは詳細な没入型3Dトレーニング、手術患者向けのリラクゼーションソリューション、怪我の革新的な回復プログラムを実現し、ひいては臨床治験の実施方法すら変えてしまう可能性があります。
VRの進化によって治療へのアクセスが向上
南カリフォルニア大学のクリエイティブテクノロジー研究所で研究部長を務めるスキップ・リッツォ博士は、メンタルヘルスに関する問題の解消にバーチャルリアリティの力が役立つと常々考えてきました。リッツォ博士は臨床心理学におけるVRベース治療への移行の最前線に立っており、より洗練されたバーチャル体験を可能にするハードウェアとソフトウェアの進歩の自然な流れとして臨床VRの実現があると考えています。
「バーチャルリアリティを臨床目的で利用するというビジョンは常に理にかなっていました。これは当然の流れです」と、リッツォ博士は述べています。「心理学の学習において、これは完璧なスキナーボックスです。具体的には、制御可能な条件下での試験や人間研究を目的として、制御下にある刺激環境を人に与えることができます。」
リッツォ博士のプロジェクト「ブレイブマインド」は、心的外傷後ストレス障害に苦しむ退役軍人の治療を目的とする臨床VR装置です。ヘッドマウントディスプレイを使って戦闘場面の視覚シミュレーションを患者に見せられるほか、高度なデータ取集・分析技術によって環境刺激を制御・調整したり、患者の反応を測定・記録したりすることが可能です。
ブレイブマインドの成功が示すように、高度なヘッドマウントディスプレイ装置を動作させるテクノロジーはすでに実現しています。そのようなヘッドマウントディスプレイが抱える問題として、高度なグラフィックレンダリング処理に高い負荷がかかるため、強力なPCに有線接続する必要があります。この問題により、ブレイブマインドのようなプロジェクトへの患者によるアクセスが制限されることになります。VRが本格的に臨床ケアの主流となるには、PCとの有線接続をなくして利便性と柔軟性を高め、幅広い普及を実現することが必要です。
リッツォ博士は次のように述べています。「次に訪れる大きな進歩はスタンドアロン型VRヘッドセットの実現だと考えています。臨床サービス提供者への普及を促進するには、VRヘッドセットのスタンドアロン化が重要だと思われます。」
よりリアルなグラフィックのレンダリング、配線の削減、リモコンの排除、知覚体験の洗練など、開発者が実現する臨床バーチャルリアリティ体験が自然になればなるほど、臨床医とクライアントのエクスペリエンスはさらに改善されていきます。
高品質、低コスト、利便性の高い治療を普及させるための次の課題が、VRテクノロジーのスタンドアロン化であることは明らかです。すべてが問題なく実現すれば、今よりも多くの場所でヘッドセットを見かけるようになるでしょう。
ただし、その実現には、スタンドアロン型VRヘッドセットが医療業界での標準になることが求められます。
パフォーマンスのボトルネック解消には最先端のメモリが不可欠
リッツォ博士が述べたようにバーチャルリアリティをPCと分離させるには、どうすればよいでしょうか? まず、モバイル化が必要です。モバイルプラットフォームでVRを体験できるようにすることが、消費者、臨床医、患者が利用しやすくする最も簡単な方法です。モバイル化が実現すれば、リッツォ博士のビジョンのとおり、臨床医のオフィスや患者の自宅でモバイルVRヘッドセットを利用できるようになります。ただし、その前に複数の重要条件を満たす必要があります。
スタンドアロン型VRヘッドセットでは、ヘッドセットの電力を長持ちさせ、臨床医と患者の総合的な使いやすさを向上させるため、高性能で低消費電力の両方を実現するテクノロジーコンポーネントを使用する必要があります。同時に、VRディスプレイには、多様な治療形態に応じて高度なシナリオをレンダリングする機能が必要です。モーション酔いやシミュレーター酔いなどを軽減し、本物のように完璧な没入感を実現するため、高解像度、高リフレッシュレート、低レイテンシーでのレンダリングが求められます。
治療を次の段階に押し上げるために必要となる極めて重要なVR体験を実現するうえで、マイクロンのメモリテクノロジーは極めて重要な役割を果たします。低消費電力DRAM(LPDRAM)メモリを使用すると、低消費電力プロファイルを維持しつつ、より多くのパフォーマンスバッファを作成しながら、高性能なVRグラフィックを実現できるようになり、VRデバイスのより高度なマルチメディアタスクの実行が可能になります。その結果、電力効率に優れ、美しい映像のVR体験を実現できます。
最先端のLPDDR4xは省電力LPDRAMの最新版であり、将来のVR機能を実現するためのパフォーマンスに大きな余裕があります。そのようなVR機能を統合すれば、モバイルによる患者中心の治療を促進できます。バイタルサインセンサー、ハプティックグローブ、ニューロイメージングなどの機能をモバイルVR治療体験に取り入れることで、これまでは検討もされず、あまり追求されてこなかった治療法やその結果データに基づく新しいイノベーションの可能性が開かれます。高出力で、高度なメモリソリューションの採用は、バーチャルリアリティを通じた健康・福祉に関するさまざまな指標の追求、新しい治療法の創造、モバイル医療の普及を後押しする原動力となります。
臨床VRヘッドセットの大量生産が迫っている現在は、新しい種類の治療の可能性を追求する絶好の機会です。あらゆる種類の技術イノベーションにより、高速で高効率なメモリが常に必要とされています。マイクロンのメモリソリューションは、バーチャルリアリティによるイノベーションを背景として、医療を利便性の高い、新しい段階の臨床治療に押し上げます。
VRの次の展望
リッツォ博士はVR体験に人工知能(AI)を組み込む可能性に高い関心を寄せています。リッツォ博士は次のように述べています。「2020年までに、誰もがインテリジェントエージェントと頻繁に接するようになるでしょう。これはAIのおかげです。」リッツォ博士の専門領域の1つにチャットボットを源流とする「仮想人間」の開発があります。AI(音声認識と自然言語処理)を活用すると、患者から直接情報を得て疾患の診断と治療に役立てることが可能になります。
精神疾患のVR治療に人工知能を導入できる可能性は高いです。モバイルデバイスのハードウェアにはすでに専用の人工知能エンジンが統合されており、同じコンポーネントを活用した新しいイノベーションの実現が進められています。
リッツォ博士は、臨床VRによってパラダイムシフトが起こり、その変化に人工知能を統合できれば、従来の心理学的手法が大幅に見直されるだろうと述べています。コンピューターが診断を行って必要な治療を患者に伝えるようになり、治療の場が仮想空間に移ったとしたら、従来のようなイメージの治療者に頼る必要があるでしょうか?
リッツォ博士は次のように述べています。「人は刷新を余儀なくされるでしょう。人の能力が低下するわけではありません。人の仕事を上手くこなす能力が向上すると私は思っています。」
医療業界では、人の根底を成す生活に影響を与える問題に対処するため、他のどの分野よりも高度なソリューションが求められます。そのようなソリューションを実現するには新しい先端技術を有効活用する必要があります。VRがさまざまな疾患に対応できる広範な没入型の治療を実現する原動力となり、従来の医療アプローチを変革させるというビジョンは以前からずっと存在していました。そして今、焦点はそのようなイノベーションをどうやって推進するかという問題に移っています。マイクロンはその答えの発見に貢献します。