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忙しさは本当に新しい愚かさなのか? パーキンソン法を再考察

ジェレミー・ワーナー | 2024年10月

この夏、スタンフォード大学のマーケティングの授業で、ババ・シフ教授がウォーレン・バフェット氏の言葉を引用しているのを耳にしました。その言葉とは「忙しさは新しい愚かさ」。学生たちが、重要な活動を行うための時間をどう見つけるかについて議論していた時のことです。私はしばらく、この彼の言葉の意味、そして「懸命に働くことが成功を生み出す」という自分の信念とどう折り合いをつければよいのかを考えました。どちらの考えも正しいというのはあり得るのか?

私が出した結論は「あり得る!」でした。私たちは、自分の未来に投資することで、将来余裕を持って働けるよう、今懸命に努力することができます。逆に、怠けたり先延ばしにしていて今忙しくない(懸命に働いていない)と、多くの場合、将来的にもっと忙しくなっていくのです。

最近になって、パーキンソン法を思い出しました。これは、海軍の歴史を専門とする歴史家のC・ノースコート・パーキンソンが1955年に、『The Economist』[1]に寄稿したエッセイにより知られるようになった考えで、「仕事の量は、完成期限までに与えられた時間をすべて満たすまで膨張する」という法則です。この所見にはある程度の真実が含まれているに違いなく、そしてその真実は人間の本質に根付いています。そうでなければ、多くのタスクがなぜ期限ギリギリになってやっと完了するのでしょうか?
 

必要は発明の母
 

より優れた問題解決方法を見つけなければ、生き残れない場合、人は素晴らしい力を発揮します。ここが、パーキンソン法とイノベーションの本質の接点です。チームや事業がすべてを行うための十分な人材や時間がなく、しかも生き残るためにそれが必要だと思われる場合は、人の潜在意識が作用してアイディアが顕在意識へと浮かび上がります。そしてそのアイディアを考慮し、試し、実践することで、そのような課題を解決できるようになるのです。

作業員として、リーダーとして、創造的かつ内省的であれば常に、「今後このタスクが簡素化するよう方法を考案または自動化するか?あるいは、このタスクをただやるか?」という問いに直面するものです。

この問いに効果的に答えるためには、把握しておかなければならないことがいくつかあります。

  1. このタスクを何回やることになるのか? この回数を見きわめるため、以下を自身に問いかけてみましょう。
    a. どの程度の頻度でやる必要があるのか?
    b. 終了するまで、あるいは範囲に大幅な変更が生じて自動化や簡素化への投資が不要となるまで、どの程度長くこの仕事をやることになるのか?
  2. 現在手作業で行っている方法で進めるには、どの程度の時間がかかるのか?
  3. このプロセスを自動化もしくは簡素化するには、どの程度の労力が必要になるのか?
  4. このプロセスを自動化するにはどの程度の時間がかかるのか?
  5. この仕事を行いながら、並行してこのタスクの効率化を図るためには、どのようにプロセスを進め、ツールを構築すればよいのか?


シンプルな例を考えてみましょう。

毎日バケツに水を汲まなければならないと考えてみてください。井戸まで歩いて行き、バケツに水を汲み、歩いて帰るまでに1時間かかります。これを1年間、毎日やらなくてはなりません。このタスクに費やす仕事量を以下のグラフで示しました。

仕事量を示すグラフ

次に、最初の1ヶ月間、毎日2時間長く働けば、井戸から自宅まで水を引くパイプを敷いたうえでバケツで水を汲むことができる、というシナリオを考えてみてください。パイプを敷いたら、バケツに水を貯めるには1日10分しかかかりません。

労働時間を示すグラフ

両方のシナリオを1つのグラフにまとめると、自動化(パイプ)への投資の元が取れることがわかります。3ヶ月目と4ヶ月目にかけて累積的に時間が短縮し始めましたが、それ以前は、より生産的な状態になるために、さらに懸命に働かなくてはなりませんでした。このタスクが少なくともその期間持続する場合は、タスクの自動化(パイプの取り付け)への投資によって利益が得られます。累積的に見ると、手作業で水を汲みパイプを敷く両方の作業を行った最初の1ヶ月では生産性が3分の1であったものの、1年の終わりには生産性が3倍以上となりました。

自動化した仕事と手作業での仕事の作業時間を示すグラフ

この考え方は、事業運営の経験を持つ多くの人々にとってはおそらく明らかですが、パーキンソン法という心理学を踏まえてこの状況を考えると、リソースが利用されていないと自動化に投資する意欲が削がれることがわかります。1日のうちに、水を汲む以外に何もやることがないとしたら、このプロセスの自動化に投資する理由があるでしょうか? 自由な時間が有り余っていて、水を汲むことがおそらくは1日で一番面白いことかもしれません!

明らかに、この例は単純過ぎますが、仕事に割り当てられた時間を考えるときにはこの例えを引き合いに出すとよいでしょう。必要以上の時間が割り当てられると、タスクを自動化してまで生産性を追求することはないと感じるはずです。そこには、本能が作用して革新的な行動へと駆り立てるような、生き残りをかけた痛みや切迫感がまったくありません。

ただし、この例では、リーダーが問うべき5番目の問いについてふれていません。それは「この仕事と並行してこのタスクの効率化を図るには、どのようにプロセスを進めてツールを構築すればよいか?」です。これは、組織の中で効率性と生産性を推進するうえで、きわめて大きな難題です。長期的に報われるまでの一定期間、より多くのエネルギーと労力を費やし、より一層大きな投資をしなければならないことは多々あります。プロセス設計、情報テクノロジー、ツール、そして今では人工知能の専門家が力を発揮するのはまさにこの点なのです。

一般的にみて最善なのは、自動化などタスクの所用時間を短縮するための手順を組み立てるにあたって、タスクを行う当事者が深く関わることです。また、専門家に関わってもらい、理想的な効率で進められるプロセスを構築して文書化し、その実践に必要なスキルセットを備えたその他の人々(多くの場合はIT部門)に向けたプロセスを明確化してもらうと、組織にとって大きな助けとなるでしょう。

とはいえプロセスの責任者が、効率性を高めるためにプロセスを立案し、文書化し、実践するために自分の時間の大半、あるいは長時間を費やすことは滅多にありません。私は、チームメンバーがプロセスを明確化して実践する頻度が低いのであれば、そのチームの一人が社内プロセスコンサルタントになるか、またはリーダーとなるのがよいと考えます。社外のコンサルタントやコントラクターが、長期的にプロセスを合理化するために、一時的な「余力」を提供できることもあります。
 

重要なことから先に
 

リソースが限られた環境では優先順位をつけることが重要です。しかし、リソースが十分あるのであれば、優先順位をつけるという困難な判断をくだすことは必要ありません。ゼロベースの予算編成の演習では、リーダーには固定の予算が与えられ、その予算内に収まるようプロジェクトに優先順位をつけることが求められます。時々(もしくは通常)、高い投資対効果が期待できるにも関わらず、資金が得られないプロジェクトがあります。この資金は、人材や財政面、あるいはその他の重要な資源の確保に活用されるかもしれません。

以下のシンプルな例で考えてみましょう。予算は30ドルです。

投資対効果を備えたプロジェクトあたりのコストを示す図

リソースが限られている場合に実行できるのはゼロベース予算編成ライン以上のプロジェクトであり、投資対効果は2.4倍です。しかしすべてのプロジェクトが出資を受けられる環境では、投資対効果は2.2倍にしかなりません。パーキンソン法では、人材が多いと、別のプロジェクトを行うなどしてただ時間を埋めることになり、そしておそらくそのプロジェクトに費やす時間が長くなるために投資対効果が下がると考えます。

皆さんは、別のプロジェクトを行えば、正味の投資対効果は大きくなる、つまり、生産性の低いプロジェクトや活動であってもプラスの投資対効果となる、とおっしゃるかもしれません。おそらくそのとおりでしょう。しかし、プロジェクトの1つが計画通りに進まなかったというシナリオを考えてみてください。これまで3つのチームに投資し、仕事は2チーム分しかなく、3つ目のプロジェクトに携わるはずだったチームを無駄に遊ばせている状態です。

リソースに制限がある場合はすでに、このシナリオで投資対効果を最大限にできるよう、生産的なプロジェクトに取り組めます。未来には紆余曲折が待っています。時には、考えもしなかったことに取り組むのも良いことです。このような点においても、パーキンソン法には隠れたインサイトがあるのです。
 

まとめ
 

私の友人は、「賢く働くことも、長く働くことも、懸命に働くこともできる」と言いました。私は、「忙しさは新しい愚かさ」という言葉の本当の意味は、永遠に長く懸命に働かなくて済むよう賢く働く、ということだと確信しています。パーキンソン法の趣旨は、リソースが限られた状況では、生き残りをかけて企業は革新を行わざるを得ないという環境を築くことによってより大きな結果に結びつくという、説得力のある主張でもあります。

以下、重要なポイントをご紹介します。

  • リソースの制限がイノベーションを推進する:リソースが限られた環境では、生き残りのためにイノベーションが必要とされ、より生産的な結果に繋がることが多々あります。世界のNAND製造量の約13%を占めるマイクロンの製造能力は、規模を拡大するには十分ですが、何もかもに投資できるほど大きくはありません。マイクロンは、テクノロジーノードのリーダーとして中心的な存在であること、QLCテクノロジーの先端を行くこと、最高峰の垂直統合型データセンターSSDとUFS製品を構築すること、パワー、パフォーマンス、品質において第一線に立つこと、という差別化要因を軸として、集中して取り組んできました。
  • 逆境がレジリエンスを育む:逆境を克服することで、レジリエンスを高める、あらためて改めて生きる喜びを実感する、プロセスを改善するなどの利点が得られるものです。マイクロンは以前、データセンターSSDポートフォリオでの挫折を経験したことがあります。最初の垂直統合型プラットフォームは、市場に投入した後、顧客に認めていただくまでに、予想以上の時間を要しました。マイクロンはこの経験から学び、世界トップクラスの開発と製品検証能力を強化し、計画の一貫性を保つことに注力しました。
  • リソースに制限がない場合のリスク:ほぼ無制限のリソースを備えた組織は、効率性を促すプロセスやツールに投資する意欲に欠け、競争力を失うというリスクを負いかねません。歴史の中では、市場の最高峰に君臨したものの、小さな競合他社によって瓦解した企業が数多くありました。マイクロンの価値観の1つは粘り強さです。最後まで負けない根性を培ってくれる、大切なものです。マイクロンは日々、努力を最大化できるよう挑んでいます。
  • 優先順位をつけることの必要性:リソースが限られた環境では優先順位をつけて、最も影響力の強いプロジェクトの実行を徹底することが重要です。マイクロンはここ数年、パワー、パフォーマンス、コスト、品質の面で業界随一の製品を実現することに心血を注いできました。そのため、KV、イーサネットインターフェイスSSD、特殊データセンターSLCダイなどの分野への投資の優先度を下げました。世界最高峰のエンジニアたちは、最も差し迫った問題に取り組むことができるようになり、この決断は正しかったことが証明されました。

マイクロンの成功とポートフォリオには、努力を集中することで顧客の現実問題を解決できる製品を提供し、マイクロンとしての約束を実現し、コアとなる差異化可能なテクノロジー分野で業界をリードという、私たちの目標が反映されています。マイクロンの今後の取り組みにご期待ください!

Corporate Vice President & General Manager, Storage Business Unit

Jeremy Werner

Jeremy is an accomplished storage technology leader with over 20 years of experience. At Micron he has a wide range of responsibilities, including product planning, marketing and customer support for Server, Storage, Hyperscale, and Client markets globally. Previously he was GM of the SSD business at KIOXIA America and spent a decade in sales and marketing roles at startup companies MetaRAM, Tidal Systems, and SandForce. Jeremy earned a B.S.E.E. from Cornell University and holds over 25 patents or patents pending.