企業が新製品をうちだす際によく言われる格言に「獲物の一歩先を向けて撃て」というものがあります。ウェイン・グレツキーの名言「私はパックがあるところではなく、パックの行く先に向かって滑っている」も、先の格言と同じことを言い表したものです。
この思慮に富んだ言葉は、現在の状況のみに対応するのではなく、将来のトレンドを予測し、それに応じてポートフォリオを位置づけることの重要性を強調しています。つまり、事業の成功を推進するには、先を見越した未来志向の考えが重要であるということです。
しかし、未来を先取りしすぎることもあります。それほど知られてはいませんが、この現象を表す用語にオズボーン効果というものがあります。
オズボーン効果とは、企業が新製品を早く発表しすぎることで、消費者の間でまもなく時代遅れとなる現行製品の注文をキャンセルしたり、製品の購入を先送りにしたりといった、想定外の買い控えが起きる社会現象です。いわゆるカニバリゼーションの一種で、後継製品発売の1年以上前から、その発売を予告したために買い控えが発生してしまった、オズボーンコンピュータ社の事例に由来しています。その後の同社の倒産は、発表後に従来の製品の売上が減少したことが原因であると広く論じられました1。
近年、半導体業界では発表を早めに行うケースが増えています。今では、新しいNANDノードやダイ、SSDの生産準備が完了する18か月前、場合によっては2年前に発表されるということも珍しくありません。最近では、1ペタバイトのSSD製品といった大きなニュースが発表されましたが、市場に出ることはないかもしれません。これらは、完璧なプレスリリースを伴う正式な発表であることもありますが、多くの場合、リーダーが業界会議や投資家会議に登壇する際に、何か新しいことを言わなければならないという圧力から生まれているようです。上流工程での製品発表が続き、テクノロジーの実現がこれに応じて加速しなければ、圧力に負けた企業がオズボーン効果を経験するリスクが高まります。
こうした圧力は、技術開発を先取りする流れに乗り遅れたり、技術開発の遅れを隠蔽したりしようとする企業によく見られます。そして、遅れをとっている企業のリーダーは苦境に直面しています。リーダーは、沈黙を守るわけにはいかない、「投資家はどう思うだろうか」と考えます。企業が後れをとったときに、経営幹部やマーケティング部門にかかる圧力を想像してみてください。
そうした背景から、企業は、実際に市場に投入される何年も前に革新的な製品を発表します。投資家や報道陣は一時的に満足しますが、しばらくして現実に対峙することになります。実際の業績は、こうした架空の発表には連動せず、顧客の不満が募り、信頼が失われます。
これが、未来を先取りしすぎたマーケティングの真のデメリットです。顧客や投資家が企業に対して長らく抱いてきた信頼が損なわれます。顧客や投資家はすぐに考え始めるでしょう。「どうすれば、これが本当に製品化されると分かるのだろうか。発表を当てにはできない。実際に目で見てから信じることにしよう...」。信頼は非常に重要です。なぜなら、市場初のイノベーションに関心を寄せるにあたり、顧客は約束した製品を予定どおりに提供するソリューションプロバイダーを信頼する必要があるからです。企業が約束に基づいて新製品を開発しても、それを提供しなければ、顧客の成功は損なわれます。いったん信頼を失うと、2度目の機会は限られたものになってしまいます。誠実性は貸借対照表には現れないかもしれませんが、企業が保有できる資産の中で最も重要な資産であろうと私は考えます。
そのため、マイクロンでは、製品を発表する際、発表するレベルの成熟度にその製品が確実に達しているかどうかを判断することに重点を置いています。ラボ環境で進歩した新しいテクノロジーを発表することが重要な場合もありますが、そうしたテクノロジーを一般提供できる時期について現実的な予測を設定することも重要です。ストレージビジネスユニットにおけるマイクロンの使命は、世界で最も信頼されるNANDおよびSSDストレージソリューションプロバイダーになることです。魅力的な製品機能に加えて、製品の発売時期をどのように伝えるかは、この使命を達成するための重要な要素です。